向かいの車窓から見える沈みかけの太陽の色が、この前コンビニで買ったゆで卵の黄身みたいだった。

「お腹空いたな」

お菓子のひとつでも買っとけば良かった。本当なら一人言になるはずだった呟きを西園寺は律儀に拾って「ゴメン、僕も何も持ってないや」と苦笑した。
別に西園寺にせびろうと思って言ったんじゃないけど。いちいち返答するのもおかしいかと思って黙っていた。
ちょうど良いタイミングで目的地に着いたので、席を立つ。当然のように西園寺も立ち上がってそのまま二人で電車を降りて改札を出た。

「もう暗いよ。優等生はおうちに帰らないと」
「君が帰るなら一緒に帰るよ」

人の良さそうな笑みを浮かべてるけど、テコでも動かなさそうだと直感的に分かる。
そうやって西園寺は学校からここまでついて来たんだった。
暇人。お節介。どんな失礼な言葉を並べても彼は首を縦にも横にも振らなかった。ただ、困ったように「なんだか放っておけなくて。このままだと後悔しそうだから」と言うだけだった。こういう人間が一番厄介だ。後悔って、それはあくまで西園寺基準の話だし。

「あれ、一回乗ったら帰る」

こんな気分でなければただ綺麗なだけの夜景の一部。最初からあの観覧車に乗るつもりだった。たとえ一人でも。

「うん。分かった」

乗ったら後は帰るだけだから、ここまでで良いよ。そう言おうとしたのに西園寺はさっさと観覧車目指して歩きだした。
何故か私が彼の後を追うような形になって、流されるまま二人で乗車列に並んでいた。
ゴンドラに乗り込むと、西園寺は私の向かい側に座って窓の外を眺めだしたので私もそれに倣った。

「……さっきさ、放っておけないって言ったけど」
「うん。私そんな顔に出てた?」
「いや、顔を見る前に聞こえたんだ」

ここまでついて来たのは西園寺なのに、西園寺の方が今はつらそうだ。

「いなくなりたいって」

確かに、近くに誰もいないのを良いことにそんなことを言った。聞かれてるとは思わなかったけど。それにしてもただ顔見知りなだけの女子に対して西園寺は些かお人好し過ぎやしないだろうか。

「なんかあるじゃん、全部捨ててどこかに行きたくなる時が」

大切だったもの、培ってきたもの。全てを置いて身一つで知らない所を旅してみたい。気まぐれな春の風みたいに。今日はたまたまそういう気分になったから。

「でも現実的じゃないから、こうやって遠くから眺めてんの」

私たちが毎日通ってる小さい箱みたいな世界。それをここから俯瞰して、だからって何かが変わるでもないけれど。

「急にいなくなるわけにはいかないでしょ。学校あるし、家に猫いるし」
「あはは、そうか、そうだよね」
「こんな場所にまでついて来たと思ったら今にも泣きそうな顔する人もいるし」
「それは……ごめん」
「西園寺は悪くないよ」

西園寺のそういうとこ、まぁ良いんじゃないって思う人がいるよ、多分だけど。今のところサンプルが私一人しかいないので断言はできない。

「でも観覧車に男子と二人で乗ったのは初めてだ」
「僕も女子とは初めてかな」
「ふーん。意外」
「え、そういう風に見える?」

気まずそうに頬を掻いた後、西園寺は目尻を下げた。恐らくそれは、西園寺が今日初めて私に見せた心からの笑顔だった。
またここに来たくなった時、この人のこの顔を嫌でも思い出す羽目になる。

「うん。だからさ、これからはお人好しも程々にしときなよ」

今日の夜が遠い記憶になるまで。西園寺の顔も声もおぼろ気になるまで。しばらくこの観覧車には乗れないかもしれない。



2021.2.28 『way of 春風』


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